・・・五年後の今日、この場所、この木の下で約束しよう

          必ずもう一度めぐり合えると、信じているから・・・






 

 あいつは、道明寺は覚えているだろうか
 今日がその五年後だってこと・・・・・






 山間を行くバスに揺られ、つくしはぼんやりと窓の外を眺める。
 空は青く晴れ渡っており、未だ梅雨明けしていないことを忘れてしまいそうだ。
 



 あの日も、こんな風に晴れていたね
 2人でバスで行こうって言ったのにあんたは聞かなくて
 結局、行きの車の中は一言も話をしなかった
 
 街全体が見渡せる、小高い丘に登ったね
 そこに昔からある、樹齢何百年の木を見て、2人で感動したね

 借りてきたビデオを見た次の日で、らしくなく、あんたはその映画に感動して
 めずらしく感化されちゃって

 『俺らもあの映画みたいな約束しようぜ。でも、10年はちょっと長すぎるよな・・・・・
  うん、5年にしよう。五年後の今日、この場所、この木の下で待ち合わせな。時間は・・・・日没まで。
  日が暮れるまでに、ここで待ち合わせだぞ』

 ・・・なんて
 
  『感化されやすいんだから・・・・』

 あたしは、笑ってそう答えたね
 でも、その約束を、絶対に忘れない・・・って、その時心に誓ったんだよ

 
 どんなものでもいい、確かな約束が欲しかったから




 バスは順調に走り、やがて終点の停留所へ到着した。
 約束の丘まで、ここから歩いて10分だ。




 魔女との、道明寺母と約束した1年は、光の速さで過ぎてしまった
 あたしたち、無理やり引き離されたね
 
 あの時、別れがこんなに悲しいのなら、付き合わなければよかった・・・て
 少しだけ思ったよ
 それと同時に
 あの雨の日、何を犠牲にしてもあんたを選べばよかったって
 少しだけ後悔した
 そんなこと、絶対にできなかったけれど
 でも、してしまいそうな程、あんたが好きだった・・・・・




 額の汗を拭きながら、つくしは緩やかな坂道を登って行く。
 晴れてはいても、爽やかさはない。
 雨季独特の、ねっとりと水気を含んだ風が、つくしの肌を掠める。




 道明寺、あんたは覚えていてくれている?
 約束の日が、今日だってこと

 もし、あんたが来てくれるなら
 今度こそ
 あたしは全てを失う覚悟を決めるから

 
 何を犠牲にしても

 あんたと一緒にいたいから・・・・・・・









 丘の上に立つ。
 先客は・・・・・いない。
 つくしは腕時計を見た。

 「まだ・・・・・いないか」

 時計の針は9時を指していた。

 「日没までは、あと9時間はあるね・・・・」

 太い幹へ体を預ける。




 大丈夫、きっと来てくれるよね・・・・・
 



 胸の前で手を組む。
 目を閉じて、祈った。






 




 _____1時間、2時間、3時間・・・・・

 司の来ない時間が過ぎ、約束の時が刻一刻と迫る。
 日没まで、あと4時間・・・・・

 

 「来ない・・・のかなぁ・・・・・
  五年前の約束なんて、覚えてないのかなぁ・・・・・」

 ポロリと出た不安。
 『司は来る』と信じているのだけれど、心のどこかにある不安。

 この5年のうちに、会えなかった時間で司が変わってしまったのではないかと。
 他の誰かと恋に落ち、自分のことなど忘れてしまったのではないかと。



 「どうみょうじの・・・・・・バカ・・・・」




 つくしの目から、一滴の涙が零れる。
 膝の上に落ちたその雫は、キラキラと弾けた。
 弾けた涙の破片はふわふわと舞い上がり、やがて1匹の蝶となる。

 虹色に輝く蝶。
 右半身だけの、不完全な蝶。

 半分の体で、蝶は空へ舞い上がろうと羽を動かす。


 「無理だよぉ・・・そんな体で飛ぼうなんて・・・・」


 つくしは、蝶に向かい指を差し出す。


 「おいで」


 その言葉を理解したのか、蝶はつくしの指先に留まり、2.3度羽を振るわせた。
 七色の光がキラキラと輝く。 

 
 「・・・綺麗ね・・・・・」

 
 つくしがそう呟くと、蝶は『ありがとう』と言うように、もう一度羽を振るわせた。
 

 「・・・あんた、言葉がわかるの?」


 蝶の留まる指を、目線の高さまで持ち上げる。



 「・・・羽があったらよかったのにね。そしたら・・・あいつが来るかどうか、確かめてもらえたのに・・・」


 蝶が羽を振るわせる。
 その度に、蝶の羽から七色の光が零れ落ちる。


 「五年も前にした口約束なのにね、あたしずっと覚えてたんだ・・・
  道明寺もきっと覚えてくれてるって、ずっと信じてたんだけどな・・・・・」


 指に留まったまま、じっと動かない。
 本当に言葉を理解し、話を聞いているかのようだ。


 「日没まで・・・なんて。あと1時間しかないじゃない・・・・・
  自分だけ覚えてて、言った本人は忘れてるなんて、ちょっと惨めだよね・・・・・」


 



 「おまえ、いつから虫と会話できるようになったんだよ・・・?」




 

 背後で響く懐かしい声。
 まさか・・・と、つくしは後ろを振り返る。



 「遅くなって悪りぃ・・・っても、約束は日没だよな。まだオッケーか・・・」



 司が空を仰ぐ。
 夕日は沈みかけていて、空は鮮やかなオレンジ色に染まっていた。


 「・・・ホンモノ?」


 自分の目の前の光景を瞬時に信じることが出来ず、つくしは思わずそう呟く。
 おまえ・・・と、司が軽く睨む。
 5年ぶりに見たその姿は幾分か大人っぽくなったものの、そんな風につくしを睨む表情は、全く変わっていなかった。


 「久しぶり交わす会話の第一声がそれかよ・・・」


 ぺチン・・・と、つくしの額を軽く弾いた。
 その痛みが、夢ではないと証明してくれる。
 

 「本当はもっと早く来る予定だったけど・・・仕事でちょっとトラぶっちまってさ、こんな時間になった。
  待たせて、悪かったな・・・・・」


 つくしの頬をそっと包む。
 その暖かさが、夢ではないと証明してくれる。


 「・・・・ホントだよ。6時間くらい待ったんだからね。
  ちゃらんぽらんのあんたのことだから、もしかしたら約束忘れてるかも・・・って思ったけど
  でも、もしかしたらもういるのかもしれないと思って・・・・」


 つくしの目から、涙がぽろぽろと零れる。
 その一滴が、未だつくしの指に蝶の上に落ちる。

 ぱりん・・・・・

 小さな音がして、蝶が弾けた。
 キラキラと、小さな破片が落ちる。
 破片たちはやがて空を舞い、一匹の蝶の形になった。

 虹色に輝く蝶。
 左右の羽のそろった、完全な蝶。
 2,3度羽を動かし、つくしの指から飛び立つ。
 2人の上をくるくると飛び回る。
 蝶が羽を動かすたび、七色の光がキラキラと光る。


 「・・・ライスシャワーみたいだね・・・・・」


 つくしが呟いた。
 頬にある司の手にそっと触れ、つくしは幸せそうに微笑む。




 「・・・この日を、ずっと待ってた。来てくれてありがとう・・・・・」


 

 微笑んだつくしを満足そうに見つめ、司はその身体を優しく包み込んだ。


 



 止まっていた時計の針が、動き出した。
 止まっていた二人の時間が、再び流れ始めた。




 *****fin*****



 *めずらしくあとがき*

 「冷静と情熱のあいだ」、すこしパクりました。
 ごめんなさい・・・・・<(__)>



作:ポンさま

「Promise・・・あの丘の上で・・・」

蝶:story

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